前向きな人

最近テレビで前向きな人達をよく見ます。

その中で、私が感動した方を2人ほど・・・
(Wikipediaより抜粋)

<歌手 木山裕策>

2004年頃、左側の甲状腺に悪性腫瘍が見つかり、全摘出手術を受ける。医師によると、手術の際に声帯と繋がる神経を傷つけてしまう可能性があり、声を失うおそれがあった。木山は無事に声が出るように回復すれば、歌手という夢へ挑戦することを決意する。その後リハビリによって歌を歌えるまでに回復し、自分の声をCDに残して子供たちに聞かせてあげたいと熱望するようになる。

2007年、日本テレビ系『歌スタ!!』に出演。番組において、「歌い人ハンター」として名乗りを上げた多胡邦夫の楽曲「home」での最終プレゼンテーションを行うが、落選する。その後、フルコーラスで仕上げた2度目のプレゼンテーションによってデビューが決定する。

2008年2月6日にシングル「home」でデビュー。12月31日の『第59回NHK紅白歌合戦』への初出場も決定している。

 

<アイススケート 井上怜奈>

長野オリンピックのシーズン始め、当時40歳代半ばの父を肺癌により失い、日本代表選考争いにも敗れ、一時はスケートを辞めていた時期もあった。スケートを再開し、ペアを求めて渡米した後も苦難は続き、レッスン代と生活費捻出の為、土産品店でアルバイトをしていた。充分な衣装代も無く、自身の裁縫による衣装で出場した大会もある。渡米後、肺がんに罹患するが、幸いにも抗がん剤治療をもって完治する。この治療も入院することなく通院で済ませ、抗がん剤の副作用に耐えながらアルバイトとレッスンを続けた。この通院治療中のレッスン中、誤って落下し頭蓋骨を骨折。一時は意識不明、前歯をほとんどなくすという大ケガをし、後遺症で心的外傷後ストレス(PTSD)に悩まされ、更には卵巣を片方破裂させて卵巣摘出する事態となり、辛い闘病生活を送っている。しかし、井上は終始一貫病気などを一切言い訳にせず、練習・競技に打ち込んだ。そんな井上を理解し共に競技生活を歩んできたのが、現ペアのボルドウィンである。二人の生きる姿と人間性は、スケート競技の力量以上の感動的なストーリーとして、多くのメディアが取り上げた。

2007年世界選手権を最後にアマチュア引退を発表したが、引退を撤回し現役続行を宣言。2008年全米選手権で復帰を果たし、2位となった。このときフリースケーティングの演技終了後には氷上でパートナーのボルドウィンからプロポーズを受け、話題となった。

 

2人とも、苦難を乗り越え、前向きに生きた結果が今の幸せとなって、しかもそれが、まわりの人々へ感動を与えています。
人間なんだから、前を向けない時もあると思います。
それでも未来の夢を見て、前を見て歩いていけるような人になりたいですね。
こんなに素晴らしい人達の様には、いかないかもしれませんが、自分なりに!!

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